「 2017年07月 」一覧

福岡市立内浜中学校

私は福岡市立内浜中学校を卒業しました。

学校までは徒歩で通い、自宅から15分程度の距離の所にあります。その途中に、お店の名前は覚えていないのですが、オレンジ色の大きな看板の定食屋さんがあり、このお店が目印となります。

得意科目は国語と数学です。国語の文章問題は苦手なので、じっくり問題を考えずに回答していたのですが、それがいつも正解だったので、自分では得意科目だと思っています。
小学生の頃、算数があまり好きではなかったのですが、中学校に上がり数学を学び始めると、その楽しさに気づき、大好きでした。

小学校の頃にいじめに遭い、中学校へもあまり登校していませんでした。たまに登校しても、ずぶんの所属するクラスではなく、別室に通っていました。部活動はせず、月に数回通う程度でした。

卒業を迎えた年、一度もクラスに行かないまま卒業してしまうのは非常に心残りだろうと思い、勇気を出してクラスに足を運びました。
クラスに行く前は、皆と馴染めるかどうか不安に思っていました。しかし、実際に行ってみると同級生たちが色々と教えてくれたり、話しかけてくれたり、ある男子生徒が授業中に机やノートなどに面白い絵を描いて次々に見せてくれたりするなど、面白みに溢れた、優しい同級生ばかりです。

2年と3年の時の担任の先生は同じ方で、とても優しく心配をしてくれたり、声をかけてくれたりしたので、私は安心した気持ちで月に数回だけ、登校することができていました。

登校日数の少なすぎる私にとって、楽しい思い出はクラスに行った時に、初めてクラスメイトの皆と給食を食べられたことです。ワイワイ話しながら食べた給食はとても美味しかったです。

私の通った中学校には、小学校時代に私をいじめていた人が何人も通っていました。
いじめていた人とたまたま校内で会った時、お互いにただ立ち尽くし、その場を離れました。その瞬間、今までの辛い記憶が蘇り、複雑な気持ちになりました。
また別の人は、私をいじめたことを覚えていないのか「久しぶりだね?、元気にしてる?私は元気だよっ」と満面の笑みで話しかけてきたこともありました。
これらは今でも私の胸に嫌な記憶として残っています。

ですが、楽しい事と嫌な事を比率で表すと、楽しい事の方がとても多かったので、たまに登校してよかったと心から感じています。卒業式にも参加することができたので、何の後悔もありません。

内浜中学校に入学する前は福岡市立内浜小学校に6年間在籍していました。


小学校時代の思い出

私は福岡市立内浜小学校を卒業しました。

学校へは徒歩で10分程かけて通い、自宅と学校の丁度中間の所に川があり、これが分かりやすい目印となっています。

私の好きな科目は家庭科です。調理実習や裁縫が好きで、授業が楽しみだったのを覚えています。
ミシンを使ったり、手縫いをする時は、私が裁縫だったので、仲の良クラスメイト達から「縫い物は得意だよね。もし良かったら何だけど、これを代わりに縫ってくれない?」と頼まれる事が何度もあり、嬉しかったです。

苦手な科目は体育と音楽と理科です。運動神経が全く良くないので、スポーツが全くできず、体育が特に苦手でした。
音楽は、小さい時からリズム感がなく、教科書に載っている楽譜も読めず何一つ楽器の演奏もできないので、クラス皆の目でテストがある時は一番困りました。

クラスメイトは、困っている人がいるとすぐに駆けつけ手伝ってくれる、人心優しい人もいれば、いじめをしたりする人もおり、様々でした。

私は入学式当日からいじめに遭い、体調を崩したり不登校になったりしました。いじめられている事について、担任の先生に何度も相談をしましたがこれといって何もしてはくれませんでした。
「いじめられる方が悪いんだよ」と先生から言われた時は、強いショックを覚えました。

不登校の時期もあったり、たまに登校したりという状態の繰り返しで、いじめという辛い出来事もあれば、楽しいこともありました。二年生の頃の芋掘り遠足です。
バスでさつま芋畑まで行き、母に用意してもらったスコップで芋掘りをして、とても楽しかったです。私が収穫した芋は、外出している際に、母が蒸して食べていたそうです。

五年生の頃、自然旅行がありました。この頃はいじめが原因で、学校をほぼ休んでいた時で、担任の先生から「参加しない?」と何度も声をかけられました。私は学校という場所を恐怖に感じていたので、誘われるたびに断っていました。すると、旅行の数日前に先生が、私の家にいじめをしている子を連れてきて、「この子はもう謝っているから、参加しない?」と言われました。
これには驚くと同時に、怖かったです。学校だけでなく、家でもその子と向き合わなければならなくなり、悲しかったです。

小学校時代を振り返ると、楽しい思い出もあれば、辛い思い出もありました。どちらかというと、辛い記憶の方が大半を占めています。

色々とありましたが、私は無事に卒業を迎え、福岡市立内浜中学校へ進学しました。


相談

先週末、名古屋市へ旅行に行って来たといいます。私の上司がです。電車ではなく車での旅行だそうです。
車中泊とのことでした。同じ班の同僚に土産を配ることはしていません。
明日から私は東京へ行くことになっています。
であるならば、私も土産は買って来ない方が良いのではないかと考えて人に相談してみました。
親方よりも目立つとマズイのではないかと思ったのです。
返って来た答えは買ってきた方が良いでした。
たかが1000円くらいのことで、後々揉めるのもバカらしいと言われました。確かにそうかもしれません。

やはり、相談するときは自分より利口な人に相談するべきでしょう。

自分より馬鹿な人間に相談すると痛い目に合うことは過去の経験で実証済みです。


目が痛い

今年の1月くらい?からやたらと目が痛いのです。特に利き目である左目です。眼科で診察をしてもらったら白目の部分の毛細血管に血液が流れていない部分があるという診察結果でした。もし、黒目の部分だったら見えていないというのです。随分と恐ろしいことを言われたものです。

 

過去にコンタクトレンズを使用していたときに隔膜の裏側の細胞が変形していると言われたこともありました。正常な細胞であれば綺麗な六角形に並んでいるのですが、私のものは歪んでいると、当時言われました。それでコンタクトレンズはワンデイータイプの使い捨てに変更しました。洗浄の必要がないからです。

もっといえば仕事の時はコンタクトレンズではなくメガネを使用することにしました。

 

今回の眼球の痛みの原因ははっきりしています。長時間にわたるパソコン作業、ならびに時間が不規則な生活、アルコールとタバコ、思い当たる節はありすぎるほどあります。
それで眼科では内科のクリニックで血管の診察をしてきて欲しいと言われました。血管については眼科の専門外ということらしいです。
それで内科での診察結果は私の血管年齢は実年齢より3歳老化しているとのことでした。

内科では当然のごとくアルコールとタバコをやめなさいと言われました。

現在、失明の恐怖と痛みに耐えながら、仕事をしています。

 

将来、こんなこともあったよね、と笑い話にするためにです。